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ぼちぼち始動

2015/07/13 Mon 16:47

 前回のブログが2012年の12月31日だった。となると2年半前。言われてみれば、まあこの2年半は色々あったもんね。一所に落ち着いて居たことも無い。あれやこれや書き綴って行こうと思います。よろしくお願いします。
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キング ~Two Hearts 더킹투허츠

2012/12/31 Mon 01:03

 いつもの決まり事ですが、ネタバレはありません。また如何なる他の人々の見解も一切流用しません。自分の言葉だけで書きますので、間違ったことを書いていたらご容赦下さい。

MBC 2012.3.21~5.24 水木(全20話) 
演出:イ・ジェギュ/チョン・デユン/ソン・ジウォン
脚本:ホン・ジナ 



 韓国通ならもうこの二人の名前を知らない人はいないほど有名なカップルです。主演男優イ・スンギは言わずと知れた、韓国のお茶の間からおしなべて好感を得ている歌手です。テレビ番組『強心臓』『ハッピーサンデー一泊二日』などのバラエティーで、人間性の良さから『国民の弟』と呼ばれている好感度NO.1の歌手兼俳優。シャープな印象では無く、どことなく間の抜けたところが人の良さを醸し出し、誰からも好かれます。
 これまた言うまでもなく、華麗なる遺産 九尾狐で高視聴率をとったHotな方。がしかしまだ映画へのステップアップはこれから。(私の得意な分野の映画出演は無かったと思いますが)演技は大分上手になってこられたようですが、まだまだ。



 主演女優、ハ・ジウォンさんはある種一部の熱狂的なファンがいる女性としても有名です。私が最初にこの人を認識したのは、2001年韓国にいる頃のミュージックビデオだったと思います。
Waxのオッパと言う。www.youtube.com/watch その後、映画でセックスイズゼロでイム・チャンジョンさんと共演してそこそこのヒットをして、それから「茶母」と続くイメージです。当時茶母廃人が出た事を覚えています。またこの主題歌である、シン・スンフンさんの哀心歌のMVでの出演も忘れられません。www.youtube.com/watch



 そこから、『バリでの出来事』をへてエッポックメーキングな『黄真伊(ファンジニ)황진이』に続きます。NHKの冬ソナの後釜のドラマとして多くの日本人も見たのでは無いでしょうか。そして再び映画『私の愛,私のそばに 내 사랑 내 곁에』でいきなり2009 第30回 青龍映画賞で女優主演賞を取りました。これは私は全く腑に落ちませんが。
その後またドラマで『シークレットガーデン』で好評を博し、映画では『第7鉱区 7광구』などまあまあの成績を経て、最近では『コリア 코리아』でペドゥナさんと共演しました。考えて見ればこのコリアで南北関係を経験して、今回のこのドラマと言う事で南北関係が続いた形になっています。しかしこの方歌手デビューもされています。ドラマに映画に、鋭意精神上りつめるための努力をされている方なのですね。

 さて、青龍映画賞主演女優賞を取った女優ハ・ジウォンさんと、映画に一度も出た事の無い遙かに年下のイ・スンギさんと言う配役は、どう見ても釣り合わないと思っていました。がしかし今回はハ・ジゥオンさんが大?女優としての貫禄が全く無い演技に終始しました。
 おちゃらけコケティッシュで売れる、キム・ジョンウン(김정은)さんや、ユン・ウネ(윤은혜)さんのようにイメージを変えることは出来なかったような。やはり彼女は押し殺した笑いでおしとやかにしている方が迫力が俄然出るのかなと。もちろん今回は北朝鮮のなまりを使わなければならなかったと言う事、それと女性から特殊部隊軍人から王女までと幅広い役をこなさなければならなかった所が演技者としては大変だったろうなと思いますが、人々を惹きつける強いキャラの一貫性を失わせることになってしまいました。

 さて、物語は荒唐無稽。第一部、第二部、第三部と3つの違う物語を見ていると言ってもいいくらいの欲張り過ぎ。さらにそのスケールが巨大になっていきます。あのずっこけまくった「マイウェイ 마이웨이」を彷彿させます。韓国でとどめていれば良かったものを、中国、ロシア、ノルマンディーまで(笑)。その話しの展開の仕方に少々置いてけぼりをくわされそうになります。
 高視聴率であった『太陽を抱いた月』の後釜で、裏番組は『屋根裏の皇太子』との激突。第一部第二部くらいまではリードを保っていたのですが、最後にはあっさりと抜かれてしまった理由が、その筋書きのあまりにもあり得ない荒唐無稽さに起因することは誰でも判ることです。やや意地悪な書き方をすれば、所詮10数パーセント〜20数パーセントの低レベルの戦いではありましたが。

 ただし、この脚本家ホン・ジナさん、ベートーベンバイラスを書いた方の台詞の凄みは迂闊にドラマを見ていられないほどの深みがありました。むしろあまりもの深みのために、日常会話が現実離れしているとしらけてしまう事も。しかし素晴らしい脚本を書く方だと感心。
 特に南北が常日頃考えている事を、役者を通して口に出させる。悪口として。これは決して日本人では判らない内容を十分勉強させて貰いました。韓国側からの主張(悪口は)我々も多かれ少なかれ知っていますが、北朝鮮からみた主張(悪口)などは、やはり韓国人の脚本家ではないと書くことの出来ない出色の出来でした。そこまでお互いにお互いの事を言わせ合って、視聴者からのクレームが来ないのか?とこちらが冷や冷やするほどの内容を言わせています。

 もう一つ、「大物 대물」で韓国女性大統領誕生を描いたドラマですら、現大統領のパク・クネ大統領に有利になるとクレームが付きました。このドラマはそう言う意味で、大統領選が同じ年に迫った中での政治的な意味合いも深かったのでは無いかと思います。北朝鮮に厳しい態度をとる、与党パク・クネ陣営。その政策とは真逆の方向なのですから。

さていよいよ私は、これまで私が知っている方の誰もが言っていない見解を。私はこのドラマの主役は、この人だったと確信しています。



 ユン・ジェムン 윤제문さん。この人の演技の一つ一つを見ているだけで、背筋が凍る思いがしました。話し方、口の動かし方、眉の動かし方、目の動かし方。その台詞にあった一つ一つの顔と仕草のメーキングが恐ろしいから背筋が凍るのです、固唾をのんで見守ると言う感じでした。(この方が箱を開けるシーンがあります。最後に開けるときのこの方の仕草を観察して下さい。私はあ然としました。人間とは演技でここまで作ることが出来る物なのか?と)一言で言えば演技力で片づけられてしまうにはあまりにも失礼。この演技力は一体どこから来るのか?天性ですね。こんな人と出くわしたら、イチコロで何でも騙されてしまうでしょう。
 舞台俳優あがりでその演技力には定評のある人。おちゃらけも上手で人を笑わせる演技も天才的なものを持っています。この人が出て来ただけで、笑いが取れる役者さんでもあります。しかし今回はそれは封印。同じような役として思い浮かぶのは、『母なる証明 マザー 마더』あたり、『チャウ 차우』『卑劣な街 비열한 거리』『熱血男児 열혈남아』ドラマでは皆様ご存じの『アイリス』とても存在感のある演技をする方です。同じ舞台出身のキム・ユンソク 김윤석さんがスターの階段を一気に駆け上がったのに対して、ユン・ジェムン 윤제문さんは2本の主演級の映画を撮りましたが、まだブレークしません。その差は何なのか?ずっとこの人の演技を見ながら考え続けました。このドラマ、この方がヒールではなかったら面白さは半減していたと思いませんか?

 King Two heartsの意味は何なのか?と問われて一瞬戸惑いますが、結局2つの恋愛を平行で描くことを指していたのかなと私は思いますが、間違っていますでしょうか?



 こちらのカップルの熱愛も、本家を揺るがすほどのもので、中にはこちらのカップルの方が完全に主役達を食っていたと言われる方もいます。正直私はイ・ユンジ 이윤지さんを、ミュージカルでは有名だと言うチョ・ジョンソク 조정석さんを知っています、と言うほど良くは知りませんでした。最近の『建築学概論 건축학개론』で出ていらっしゃったのは記憶にあります。しかしその程度です。
 どちらも役得、『大長今 대장금』でチ・ジニ 지진희さんが「私の役は誰がやっても好かれる役でした。」と言った台詞通りの役回り。このドラマを否定的に捉える御仁は、このお二人の演技をことのほか褒めそやします。しかしそれうでしょうか。仮に主演2人とこの2人を置き換えた場合、このドラマはどうなっていたでしょうか?務まっていたでしょうか?



 まあ見え見えの場面も多々ありましたが、それにしてもスーツの立ち姿が似合う男性は、何故故にあんなに格好良いのでしょうか。男性が見ても惚れ惚れします。




 このドラマの中には父と息子の関係も描かれています。私などはあまり見所のなかったこのドラマの中で、この場面が一番胸に響きました。映画よりドラマ専門家、齢77才イ・スンジェ 이순재さんの一発芸にはぐぐっと来ました。やはり人間と言うものは、その人その人の人生を鑑み、琴線に触れるところが違ってきます。父と息子。そこでは私は見事に引っかかりました。

 アラカルトで突っ込みますと、
1)ドラマを見ていて笑える箇所が1カ所あります。これは脚本家も演出家も監督も全員揃って何をやっているのかと怒られます。北朝鮮の人間が自国の事を「北韓」と呼ぶ箇所がありました。これは大ちょんぼです。

2)ハ・ジウォンさんが頬に傷を付けるシーンがあります。それを見舞いに来るシーンです。傷が右に左にシーン毎に付いている側が異なっています。私は何でそう言う事になったのか?カメラ位置か?照明か?収録の日が違ったのか?と何度もそのシーンを巻き戻して見ましたが、結局理由が判らずじまいでした。まるで制作者側の視聴者達への愉快な挑戦のようにも感じましたが。

3)ヒールは何故あの場所で○○を撃たずに、xxを撃って死なせたのでしょう?一応その理由らしき事を取って付けたように言っていましたが、完全に納得が行きません(^_^)。

4)ヒロインはわざわざ射撃銃を持って見事に狙撃に成功します。その時の衣装は女子中学生。あまりにも狙撃ライフルを持つ人間としてそれは違うだろうと言う衣装。王室の服装に金を掛けている割には、お粗末。最終回に行くに従って作りがどんどんと粗くなって行きます。

5)このドラマは一般のドラマより金を使っている筈です。準主役級でギャラを抑えた代わりに、外人が多数出演しています。そしてその外人がそこら辺の寄せ集めでは無い。外人の役者を連れてきている。ボンボンと称するサマンダ・デニオルと言うあの女性は一体何者なのでしょうか。ググっても出て来ません。まあそのうちにどこかで紹介されてくるでしょうが。

6)王宮にいる人達は何カ国語も流ちょうに話しが出来るんですね。ビックリです。

 最後にこのドラマで一番印象に残った名台詞は、
ユン・ジェムンさんが自分自身で自分の事を、「나 썩은과자입니다」と電話で語った所でしょうか。それがまた彼が、演技で恐ろしい言い方をするんです。言葉とは本当に恐ろしい力を持っている物なのですね。

 それでは、明日大晦日は「紳士の風格」です。
韓国ドラマ | コメント(5) | トラックバック(0)

ポカラ トレッキング 哲学紀行 (4)

2012/12/10 Mon 02:23

 今日は写真が少ないです。厳しいです。山で言えば1時間登り詰めの坂道。あなたは最後まで読み切れるでしょうか?無理しないでぇ・・・。

 途中の茶店で、ファンタが飲みたい。そう思い休憩を取った。ファンタオレンジなんて、どれだけ長いこと飲んだことが無かったか。しかしこのトレッキングでは必ずファンタオレンジを飲んだ。コーラではなく。それが何故かはわからない。所々にある店は必ず水に冷やした水や炭酸飲料水を店先に、ショーウィンドーの全面にこれ見よがしに並べている。人間心理を十分に読み尽くした長年のノウハウ。汗をかいたトレッカーは咽が渇く。そう言う人間は、飲み物が飾ってあればその展示にまず目が行く。テンプテーションと言う奴だ。

これ見よがし


 僕は休憩をとろうとAloneに合図したが、あまりに苦しく立っていられなかった。大の字に伸びて休みたかった。山の急勾配斜面には大の字に寝るような傾斜場所は無い。がその茶店には平均台の幅を3倍にした程度のベンチがあった。そこに長々と仰向けに横たわろうとした。するとAloneが取った行動が新鮮だった。彼はそのベンチを揺すりに行ったのだ。案の定ベンチはぐらぐら、下手をするとパタンと倒れてしまう程だった。人々は長いこと生きてきて、次に自分が取る行動で注意をするポイントは皆誰しもある程度わかっている。山登りでも同じ。これまた何度も繰り返し考えた。あの岩に足を掛けたら次はあの岩に、もしこちらの岩に足を掛けると次がしんどい。まずはあの土手に左足を踏ん張りで置いてその反作用を使って右足をあそこに掛けて。掛けた右足の岩がぐらついた瞬間、人間はバランスを取って次はどこに足を持って行けばいいかを、生まれながらにして知っている。ズバリ経験則だ。だから少々バランスを崩しても、人間はもんどりをうって倒れたりはしない。がAloneが取った行動は、僕の経験則では全く余地出来無かった行動だった。そしてそのAloneの行動が、僕にこのベンチはぐらついているからバランスを取ってその上に仰向けにならないといけないぞと、脳に指令をする。もしその条件が無かったら、勢いよくベンチに座って寝転がり、そのままベンチはぺしゃんこに潰れただろう。何年生きてきても、21才の人間から教えられることがある。その土地その土地で常識的な行動は、僕の想像も及ばないところにある行動でもある。この時に山に入ったからには、何が何でも彼の指示には従おうと僕は心に誓った。

寝転がり
 天にも昇る思いで寝転がった長いすから見上げたシーン。

 もう一つ哲学的な事をかかせて貰う。前の回で僕に追いついて登って来た人々は必ず追い抜かせると書いた。これだけ読めば常に僕は何組の人々に追い越され、一般人のスピードより遙かに遅く登っていたかのように聞こえる。が実はそうではない。抜かさせた人々は必ず次の何処かのポイントで、僕たちが抜き返すのだ。万事「質量保存の法則」。人間の力なんてその道のプロで無い限りさほど変わりはない。「よくこのクソ苦しい登り道であんな大声を出して話しをし合いながら登って来られるな。」と舌を巻くドイツ人の一向。彼らをやり過ごしてしばらくして僕らが歩き出すと、少し先で必ず彼らが休んでいる。スペイン人のカップル、ドイツ人のカップル、韓国人の母と娘、皆同じ。抜きつ抜かれつの山登り。
 ドイツ人の体のでかさには今更ながら驚かされる。180CM190CM200CM、身長が高いだけでは無い、こう言うがたいのでかい人間達がヒットラーの下、日本と同盟を結んで戦ったのかと思うと驚いてしまう。どうすればこう言う連中と戦って勝てるのか。しかし即座に相手もロシア人でがたいの大きさに掛けては負けていないと打ち消しに掛かる。
 
 蟻がリックサックを持って山を登るのと、象がリックサックを担いで登るのでは、同じリックの大きさと重さなら、どれだけ象が有利かなどというアホな考えなどが次々と浮かぶ。トレッキングしていて、ナチスドイツに考えが及ぶ。お笑いだ。

 Aloneに聞いた「これまで一緒に歩いた中で一番強かった人種は何人?」すると、「アメリカ人です。」との答えが帰ってきた。「彼らは猛スピードで山を登っていきます。僕が付いていくのにアップアップなくらい。もちろんプロで山登りが強い人は他にもたくさんいましたが、一般人の中では彼らです。」そっか・・・アメリカ人という人種は、やはり世界を統治する民族として、他民族より知識でも体力でも勝っている国民なんだろうかと考える。元々は英国が世界を統治し、その末裔がアメリカに渡り今の地位を築いている。アングロサクソンとは確かに優秀な種なのだろうとの以前からの考えを再確認する。オリンピックでもアメリカが金メダルを多く取るのは、それなりの理由があるはずだ。お金があり、スポーツに金をつぎ込み、金メダル選手を量産していると言う説明だけでは、説明出来ない何かがある。
あるネットゲームのマニアがこう言っていた。「相手が韓国の集団であれば勝つことは出来ます。しかし彼らがアメリカの集団なら、僕たちがどれだけ戦いを挑んでも勝つことが出来ません。」この言葉は妙に何年も僕の耳に残っている。

山々1
 僕が考えている間に過ぎ去っている風景(1)

 コリー・シェパード・スピッツ・チワワ・雑種。5つの犬のブリードを比較したとする。すると確実に頭の良さ、運動能力の差が現れるでは無いか。犬は皆平等だとは誰も思わない。しかしそれは人間には当てはまらないと、人権活動家達は言う。そしてここに異議を唱えよう物なら、鬼の首を取ったように人権団体から袋だたきにあう。がしかし、犬と同じ、人間にも種族によってその優劣は確実にある。だから世界でどの国の人間が支配者か?その結果が現実の世界に確実に現れているではないか。戦後から復興しMade in Japanを作り出して、世界に冠たる経済大国を作り出した日本。確かにそれはそれで他の種族に明らかに勝る何かがあったのだ。日本は戦勝国ではない。敗戦国からの復興だったのだから。敗戦国は日本だけでは無い。沢山の国が敗戦国になった。がしかし日本のように経済的に発展した国は日本しか無い。
 それなら人は言うだろう。スペインもかつては世界を支配した。モンゴル帝国も。オスマントルコも。ローマ帝国も。それがたまたま今アメリカなだけ。そして日本がたまたま経済的に優れていた時期が最近までだったと言う事だと。地球の歴史が始まって以来、2度世界を席巻した国家はイタリアしか無い。ローマ帝国と、ルネッサンスの時代。(これは個人的な見解)だから、一度勃興した国は歴史上二度と日の目は見ない。がしかし世界は今ここであげた10数カ国だけか?百何十ヶ国あって、世界を支配した国は10%にしか過ぎない。

山々
僕が考えている間に過ぎ去っている風景(2)山の天気は変わりやすい。

 一方しかし・・・今はその日本人の華々しい栄光は続いているのだろうか?日本経済を牽引した華々しいメーカーが次々にリストラに明け暮れている。今でも絶対的に強さを持った企業は数えるほどしか無い。Sony Sharp Panasonic 韓国に台湾に中国にことごとく覇権を奪われた。私たち日本人は必ず日本の巻き返しがあると信じている。もう一度栄えた日本は世界で日の目を見ない国だなんて思ってはいない。「だってさ、あれだけ円高にさせられちゃ競争力だって奪われるに決まってるだろ。これが10%でも円安に振れればまた日本の時代がやってくる。先進的な技術は常に日本のお家芸だ。」こう。
 「黄金の20年代」アメリカではどでかいアメ車に人々は家では冷蔵庫・洗濯機などが揃い、ベーブルースがチャップリンが人々を熱狂させ、ダンスをしながら我が世の春を謳歌していたアメリカ。その時日本はまだ着物姿の人もいた。もんぺをはいて畑で作業する人々もいた。実際に見て知っているわけでは無いから何とも言えないけど。その時アメリカは思ったはずだ。日本なんぞに負けるはずが無い。
 がしかしそれ以降アメリカは家電などで日本に勝る物で巻き返しを果たすことは出来なかった。一度世界を制覇した者は二度と世界を制覇する事は出来ない。アメリカはただその産業の矛先を変えて再び世界を支配した。金融業で有りITであり。そうマイクロソフトであり、インテルであり、Facebookで有り。
 今の日本の産業の凋落は、理論的にはもう再び輝かしいメイドインジャパンの地位は戻らない。これが回答だ。僕の頭はこう言うことを延々と考え続けていた。起承転結など関係ない。ただしりとりのようにどんどんと考えが巡るだけ。しかし一つだけ言えることは、これらの思考は、僕がヒマラヤに入ったから新に構築されてきている思考では無い。結論から言えば新に構築された、発見された、理論立てられた理論は5%程度に過ぎない。がしかし1週間で何十年も生きてきて考えてきた部分を100とすれば、5%が付け加わると言う事が驚異的な事なのだ。

やまやま
 僕が考えている間に過ぎ去っている風景(3)

 20年前欧州に住んでいたときに、僕に興味を示してくれる外国人は、必ず「日本人か?」と聞いた物だった。スイスの片田舎に行こうが、イギリスのスコットランドに行こうが、西アフリカのスペイン領カナリー諸島に行こうが、必ず日本人が闊歩していた。同じ日本人としてそう言う団体行動を取る日本人を胡散臭い目で見ていた。今考えると大きな考え違いをしていたのだが。しかし今は世界中どこに行っても、日本人達の姿を見つけるのが難しくなった。東洋人の顔をしているとすれば、中国人か韓国人。必然ネパールのポカラでも僕の顔を見てまず最初に出て来るのが、「ニーハオ」なのだ。僕が言った人間の顔を見ずに首を横に振る。次に「アンニョンハセヨ」。僕が後ろから浴びせられるその発音に首を振ると、「こんにちは」と3番目に日本語が出て来る。その言葉が出てくる頃はもう僕はその人間を通り過ごし、声が聞こえない距離にさしかかっているときだ。僕はやはり振り返らずに片手だけをあげる。
 今や日本が栄華を誇った時代は確実に終わったんだなと感じることが多い。もちろんネパールという土地柄、お隣が中国チベットであり、中国人の観光者が多いと言う事実を差し引かなければ行けないが。バンコクなどでも最近は中国人がやたら多い。ソウルも中国人の方が圧倒的だ。中国人は団体で動くから、その壺に入らないと出会わないだけなのだが。

 考えは廻る廻る・・・。
ネパール | コメント(0) | トラックバック(0)

ポカラ トレッキング 哲学紀行 (3)

2012/12/08 Sat 23:31

 最初の昼食は食べ物がノドを通らない、いや食欲が全くない。AloneにRedBullだけを注文して何も食べなかった。何でレッドブルなんだろう?こんな山奥に。でもそれをそう思うのは日本人だけだと打ち消す。世界でNO.1消費のエナジードリンクは、リポビタンDでも何でも無い、レッドブルだから。ここに有ってもむしろ当然と思う方が正しい。
 はて?レッドブルってどこが原産国?タイにいるときに盛んに見たことがある。タイとばかり思っていた。これは半分正しかった。
 
レッドブル
 後述バンドエイドとの格闘がレッドブルの缶の後ろに。

 やたら汗が噴き出た。ある人間が、運動をしない人間の汗は臭く、運動をしている人間の汗は臭わないと言った。本当だろうか?人間の汗なんてしょっぱいだけなんじゃないのか?妙ちくりんな理論だ。自分の二の腕を舐めてみる。

 それは前々から言われていたんだが、水の価格はその後山奥に行けば行くほど高くなっていった。それに異議は全くなかった。手に入らないところで無競合だから価格が高くなって(ぼって)当然だと思っていた。しかし自分が歩くうちにそうでは無い事がよくわかった。あの山中に運び揚げ賃が乗るからなのだと。決して足下を見て価格を決定しているわけじゃ無い。

運び代

 現に山小屋は思ったより頻繁に(1時間置きに)あった。時に村に属していないような所にぽつんと店を構えている場所も結構あった。足下を見透かすぼったくりなんかは出来ない仕組みになっている。山奥に入れば入るだけ価格がつり上がって行くそのレートは、見事なまでに統制が取れていた。

茶店

 一番高価な場所で水1リットルで100円だった。日本より安いじゃ無いか。僕はこのトレッキングでどれだけの水とファンタオレンジを飲んだだろう。ファンタオレンジだって?ファンタオレンジなんて日本で最後に飲んだのは何時の事だったろうか?

ファンタ

 何故ファンタオレンジなのか?と聞かれると答えられない。何故かファンタオレンジが置いてある店が多く、何故かファンタオレンジを飲みたいという気持ちにしきりに苛まされた。コーラでは無い。お茶・カルピスが置いてあってもファンタオレンジだったに違いない。こちらは750mlで160円程した。やはり水より高い。

ファンタ0

 途中の村を通過するときに、石段でつまずいて無意識に左手で隣にあった壁に手を突いたところに、家の壁を形成する波形トタンがあった。左手の中指(実はその時に見落としていたのだが薬指も切っていた)が見事にそのトタンの切れ端にめり込んで指先が切れた。みるみるうちに面白いように出血した。直ぐに飲み水を掛けて出血を洗い、バンドエイドを買おうとしたがそんな気の効いた物はそこにはない、ただティッシュで指を包んで心臓より高い位置にあげて置くだけ。これとて大騒ぎすることでは無い。大学時代に慣れ親しんだ知識だ。むしろ僕よりAloneが慌てていた。

傷

 トレッキングに日本人が好んでつける鼻炎マスクは絶対に必要ない。100%どの店にも置いていない確信がある。がしかしバンドエイドは需要として必ず有る。100%どこかの店にあると言う自信があった。Aloneがそのうちどこかからそれを入手してきた。

通じない
 手を切ったところの一番近くの店にはバンドエイドは置いていなかった。ここでティッシュを買った。Aloneとこのおばあさんが言葉が通じない。

 さてバンドエイドのうんちくを述べさせて貰いたい。
 初日のアタックは最後にやって来た。Aloneから言われていた。「最後の一時間は急勾配で登ります。」遙か高いところに位置する目的地を指さされ、「今日はあそこで泊まります」と。僕はその指先の場所を見上げた。トレッキングになれていない人間は、あの場所に行くと言われても、それがどのくらいきついのか、それ程でもないのかすら判断が出来ない。一度谷底に降りてから尾根まで登る感じ。

指さされたところ
 ただ眺めるだけだった。赤い矢印の所。

 直前の山小屋で両足の親指でマメが出来そうな予感の所に先ほどのバンドエイド(ちなみにバンドエードでは英語は通じない)を貼った。そうすればバンドエードが靴と足で擦れている接点で都合良く滑ってくれて、マメは出来なくなる。マメが出来てしまってからでは遅い。皮はいずれにせよ剥けずにはすまない。剥げて擦り剥けると厄介になる。ところがそのバンドエイドの品質が悪い(とその時は思った)。貼るときに剥がして捨てる方のテープが指に巻き付ける方のテープからなかなか剥がれない。無理してはがそうとすると巻き付けるテープが破れてしまう。とにかくなかなか剥がれないのだ。なかなか貼れないのだ。そうして2つのバンドエードをお釈迦にした。心の中で諦めがちに、しょうが無いなぁ、ここはネパールだからと。ここでは品質もそんな物なんだろうなと。

 その数日後僕は考えていた、世界に冠たる日本のバンドエードは簡単に綺麗にはがれて、ぴったりと指に巻き付く。
これが日本人が長年考え尽くしたテクノロジーの差なんだなぁと思い直していたときに、ふと疑問が涌いた。僕が貼ったバンドエードはその時、4日を経過してもしっかりと指に巻き付いていた。足の指たるや、激しい靴擦れにも負けず、宿泊先での数回のシャワーによる浸水にも負けずしっかりとはずれないでいた。それどころか靴下を脱ぐときに靴下にまとわりつく程の粘り。5日目に指と足のバンドエードをはずしたとき、指の傷は綺麗に完治していた。もちろん深々と切った傷跡は残っていたが、以降そこから再び出血するような事は無かった。

 今日本製のバンドエイドとネパールのバンドエイドが並んでいたら、僕は迷わずネパール製を買う。もちろん傷口に水が入ったりすれば、交換しないと衛生上良くないと言う理論は承知のすけで言っているのだが。貼るときにとても貼りにくく製品を駄目にするかもしれないが、絶対に外れないバンドエード。考えさせられた。日本のバンドエードなら30分も歩けば、恐らく足の指からははがれてしまう。日本人は無条件にメイドインジャパンの過信をする。それは僕たちの両親の時代、非メイドインジャパンを舶来品と呼んであげ奉っていたあの感覚に等しい。がしかし本当にそうなのか?ふと不便な物に便利さを感じてしまう。第一メイドインジャパンの地位が今世界で大きく揺らぎ始めている。

 1時間の急勾配に僕の太ももは悲鳴を上げた。普段運動をしている人間ならまだしも。Aloneは登り方、足の動かし方を僕に教えてくれた。良くは理屈がわからないが、膝を出来るだけ曲げないような歩き方。つまり太ももに負担を掛けない歩き方。そして垂直に歩く事を避け、斜め斜めに足の踏み場を求めて行く歩き方のように思われた。次の階段にあがるために蹴った後の脚は、伸ばされたまま次の階段に運ばれるような。僕は他の事は何も考えずに、大きく喘ぎながらAloneの踏んだ足跡だけを自らも黙々としかし必死に追いかけた。回りの景色などに気を奪われている余裕など全くなかった。下着はおろかポロシャツも背中が汗でびっしょりと濡れた。髪の毛の襟足からは汗の滴が流れ落ちるのが首筋に感じられた。頭の中が汗をかいているのだ。

 もう駄目だと言うときには小さな声で「Alone」と一言だけ。そしてそこで立ったまま数分休む。ももが脚を十分に引っ張り上げてくれないのだ。それで階段の頂上に登り切らずつまずくのだ。

休憩
 時にAloneは休憩中に荷物を置いて休みをとる。

 歩いている間、後ろから人が追いついてきたら、無条件に立ち止まり彼らを先に行かせた。後ろに誰かが歩いてきている。追われていると言う精神的な圧迫が嫌だから。Aloneも多くのトレッカーを客としてアテンドしてきただろうが、僕には僕特有の癖がある。そう言う部分を無口に学んでいるのだろうと思う。この客は誰かが追いついてきたら、無条件に追い越させる人。人が後ろにいるだけで嫌な人だと。

抜かす

 さて哲学に移ろう。階段の上り方をAloneに教えてもらって、藁をもすがる思いでその方法で登ろうとする。女子マラソンでアフリカ勢が何故あんなに強いのか?解説者が言っていた。腰をお皿としてそのお皿に腰掛けるようにして走ると。わかったようなわからないような。折からのジョギングブームで、でんでん太鼓のように右と左をバランスをとって慣性を使って走ると楽だとか。キックはつま先では無くかかとだの、嫌その逆だの。人々は様々な事を言う。考えて見ればいい。それが絶大な効果を発揮するなら、人類が存在して何万年何十万年経過するこの世の中で、今さらのように何故発見された新理論のように語られるのか?これまで何十万年の間生きて来た人類は大馬鹿者達だったのか?そうじゃない。人間は自然に自分が一番楽な方法を見つけ出して来に違いない。

 じゃあ世界新記録は何故今生まれるのか?何十万年前から存在する人間達では無く。そりゃ食べ物も違うだろう。トレーニングの方法も違うだろう。でも走り方泳ぎ方の問題(理論)なのだろうか?記録は更新される。となると1年おきにその正しい理論が発見されていくと言うのか?

 ショランダーが、イアンソープが、フランクショーターが、カールルイスが、マイケルフェルペスが作ってきた記録がどんどんと塗り替えられていく。ボルトが作る記録も塗り替えられる運命なのだろうか?そろそろ人類記録が天井に達する時代も来るのだろうか?
 昔はベリーロールだった走り高飛びが、今は背面跳びになった。これは一大画期的な人類の発明だったのだろう。がしかし何かを飛び越えるときに首から向こうに落ちる飛び越え方を昔の人間が、考えもしなかったのは当然の事だと頷ける。
 ほら、また脈絡も無くあれやこれやを黙々と考える時間・時間・時間。

 藁をもすがる思いで僕はAloneの言った歩き方を真似るが、そんな事で一気に山登りが楽になる筈が無い。自分が何と愚かなんだろうと笑えてくる。人々はこうすれば楽だと言われたものを信じてそれを試みる。がしかしそれが全く効果が無いことに気付きやがて辞めていく。マシュマロが良いと言えばマシュマロが店頭から消え、トマトがいいと言えばトマトが店頭から消える。人間って本当につける薬が無いほどの大バカだな。
ネパール | コメント(2) | トラックバック(0)

ポカラ トレッキング 哲学紀行 (2)

2012/12/07 Fri 03:12

 読んでいただける人がいる。だからUpしようと言う気になる。人間はそう言うものだ。
ポカラ帰ってきてもうタイ・台湾・香港・中国と渡り歩いて、昨日日本東京に戻ってきたばかり。明日から京都・博多。今しかあげるときは無い。頑張ってあげよう。文章はもともと書いてある。

 いよいよトレッキング開始、朝早くAloneは時間を守って8時にホテルにタクシーの運転手と迎えに来た。その後この男と6日間ずっと一緒にいることになった。
 無口な好青年は、要らない口はきかなかった。長身で甘いマスクのAloneは、聞けばそれに答えてくれたが、多弁な男では無かった。ポーター歴2年。それまで僅か50人の客しか案内した事がない言う。ポカラで四六時中トレッキングシーズンだと思っていた僕は、年内でも数ヶ月だけだと聞いてその数が理解できた。一年を通して仕事が出来るわけでは無い。だがベテランという域ではない。イ・ムンシク似の人は彼のボスでもありおじさんだそうな。

アロン1
 僕はこの背中と、彼の靴を後ろから何十時間も見る事になる。

 食事などは、甲斐甲斐しく僕に運んできてくれ、まさに上げ膳据え膳、他のトレッカー達が僕が何者かと驚くほどの世話ぶりを発揮してくれた。

伝統の食事
 ネパールの典型的な食べ物。ダルバート。ダル(豆)バート(ごはん)。ちょっとネパール人は異常なくらいこのダルバートを食べる。朝昼晩ダルバートを食べる。驚ろかされた。

 山小屋では寝袋を持たない僕に、必ず2枚の毛布を運んで来てくれた。規則では1枚なのに。僕の身の回りの世話を本当に良くしてくれた。

毛布二枚
 右手2枚の毛布。これが湿っている。高地は何故か乾燥しない。どうしてだろうか?

 がそれも歩きながら考えたのだが、21才の彼にとっては父親に等しい年齢の自分。そんな感じで仕えてくれたのだろうか?とも。何だか複雑になる。息子の年代なのか・・・・。

 さていよいよ話しを横道にそらして行く。
 ポーターに限った事では無い。サービス業の人間達の口数は多い方がいいのか、悪いのか?古典的な議論がある。かつてタイのオリエンタルホテルでドライバーにバンコクの案内をして貰ったことがある。白い詰め入りの制服に身を包み帽子を被った彼は、一切僕らとは口をきかなかった。私を石だと思ってくれ。自分の存在を気にしないでくつろいで貰うことこそが最大のサービスだと。ロンドンのタクシーが前部座席と後部座席が完全に仕切られているのも、同じ概念だ。客には関与しない。これこそが最良のサービスだと考える。一方気さくに話しかけてきて、あれこれ観光案内をフレンドリーにするドライバーがいる。さてあなたはどちらが素晴らしいサービスとお思いだろうか?正解はない。これが深く深く考えた結果の僕の回答だ。結論は客のレベルによって答えが変わる。

 どの仕事にも安易な仕事は無いが、ポーターもまた大変な仕事だと思う。客の性格によって合う合わないが如実に出て来る。悪い事にポーターと客の相性の問題は、少し我慢すれば済む、嫌ならポーターを変えればいいなどの手段では解決できない。山中なのだから。客は延々と続く急勾配の坂道を息絶え絶えに登る。苦しさが最高潮の時間が延べで何十時間も続く。ポーターはそこに一緒に付き添わなければならないのだから。

急坂0
 延々と続くこの坂道。写真で見た目は大したことが無いように見えるけど・・・。

 苦しい客は頻繁に聞く、「後何分で下りになるのか?今ピークまで何パーセント来たのか?」。ここでポーターが下手に客を慰めるためにその場限りの元気づけのために、リップサービスをすると、客はその事で言われなき恨みをポーターに持ち始める。「後20分と言ったじゃないか、今日は下りだけだと言ったじゃないか、一番きつい所の峠は昨日越えたと言ったじゃないか、なのになんでこんなに苦しい時間が延々と続くのだ。」と。こう言う極限時は人間は些細な事でイラッと来る。

急坂2 
  1時間この状態が続く。

 人は、他人のペースで登るのと自分のペースで登るのでは、その疲れ方が全く違う。仮にそのペースが全く同じであったとしても、前者は後者より圧倒的にきつい。ましてポーターのペースで登っていれば客はポーターに憎しみすら感じる。自分が先頭に立って歩かされる方がいい。がしかしこれまたずっと先頭で歩くと言う事も、好ましくない。時にはポーターに前に言ってもらいたい時もある。こんな書いてしまうと些細な事でも、黙々と沈黙で登り続けるトレッキングでは、微妙な駆け引きがポーターと 無言でなされるものだ。合わないポーターと一緒になると、本当に最悪だろうと思う。一瞬こんな状態を先頭を走る者が常に誰かが先頭に出るように要求するような自転車のレースやマラソンなどとばかな比較もしてみたが、トレッキングは空気の抵抗を受けて疲弊すると言う代物では無い。

 Aloneと僕は絶妙の呼吸でマッチした。彼が先にそして僕が先に入れ替わり立ち替わりお互いを引っ張った、僕が耐えられなくなると「Alone!」と一言だけ。するとAloneは即座に歩くのを辞めて僕を休ませてくれた。逆に彼が苦しくて自分から休む事もあった。こっちは向こうがプロだと頭から思っている。しかし彼らとて人間だ。僕のペースに振り回されて、歩くのもどれだけつらい事だろうか。もちろん僕も何も言わない。ポーターとは沈黙をシェアするポーターと言ってもいいくらいの関係。それでも僕たちの気持ちは見事なまでにマッチしていた。

急坂
 少しはこの勾配がわかって貰えるだろうか?確かに登山では無い。だからトレッキングだ。でもこのトレッキングは激しい。

 また、人は後何分を大目に予測することが、少なめに予測する事より圧倒的に楽に感じる。
 学生時代60Kの富士山周辺を60Kgの荷物を背負って歩く経験した僕は、この程度の壺は心得ていた。あの頃から年月は経過していても、人間はしっかりと覚えている物だ。これが経験と言うものだ。
 だからと言うわけではないが、僕からは一切彼にあと何分?今何%まで来ている?などと言う質問はしなかった。彼の口から言わない限り。僕は本当に控えめに控えめに(悲観的に)頭の中で考えた。それが僕を一番楽にする方法だと知っていたから。後15分かも知れないところを後20分だと自分に言い聞かせ続けた。

 昨年の事だ、僕がパタヤでスキューバダイビングPADIのアドバンス免許を取りたてで潜っていた頃のことだ。バンコクからパタヤまでは車で2時間の距離。日本人女性が2人、しかも各々で潜りに来ていた。1回目を潜った後で船上で休んでいるときの、彼女達の会話を偶然聞いて二人が知り合いでは無いことを知った。日本の女性も10年~20年前に比べて本当に逞しくなった。たった一人でパタヤまでやって来て、たった一人で3本潜って、たった一人でまた2時間掛けてバンコクに帰るのだ。彼女達は大きな自分用の道具をひっさげてバスでやって来る。

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 資生堂のアネッサを手際よく体に塗って真っ白の肌で潜っていく。

 歩き始めたヒマラヤの山中でも、僕は2人の日本人と出会った。いずれも女性一人。こっちは中国人だろうと思っているので、話しかけはしない。ポーターとの会話は英語だけだ。一人は向こうから話しかけてきた。「日本の方ですか?」と。会話が弾んだ。埼玉の人だとか。彼女はポーターも付け、そして立派な登山靴に杖(杖と言っていいのか?)そして本格的なリックを背負っていた。

女性1
 この女性とはしばらくは会話はしなかった。彼女が何をしているのかは一発で理解できた。マメにバンドエイドを巻いているのだ。この時あの赤いバックが彼女のバックだとばかり思っていた。

 もう一人はしばらく抜きつ抜かれつをしていて、その時に僕が彼女のリックに日本語のガイドブックがあったのを見て、日本人だと判断していた。昼食も彼女は僕たちと同じ所にやって来て座った。

女性4

 こちらが声を掛けて貰いたくないと思っているのと同じく、相手も日本人から声を掛けて貰いたくない人だっている。出来るだけ余計な事はしない。がしかし彼女との平行の抜きつ抜かれつは延々と続いた。

女性2
 あの赤いバックは彼女の物ではなかったらしい。にしてもなんとも僕と同じような出で立ちの軽装。

 そこで、年上のおっさんの偽善者ぶりを発動させ、思い切って「こんにちは」と声を掛けた。この女性に至ってはなんとポーターも無しだった。たった一人でトレッキングを開始していたのだ。こちらはある種無謀とも言える。それでも治安の悪い都会を一人で旅することよりかは安全ではあるかも知れないが。こちらは危険な相手は自然だ。間違えば即、死を意味する。道は知っているのか?宿はとっているのか?動けなくなったらどうするのか?助けは呼べるのか?3000M級の山を上り下りするトレッキングなのだ。空気が薄くて気分が悪くなって山を下りる人もいるそうだ。

女性3
 ポーターを付けていなければ、僕と同じだ。笑ってしまう。その後彼女がどうなったかは知らない。

 最近の日本の若い女性達も、極めてオヤジ化が進んでいて、僕らがやろうと思う事は全て彼女達も同じく挑戦してくる。いや全ての女性では無い、本当に限られた女性だけなのだろうが、日本人の女性の価値観も数十年前と大きく変わった。昔は今の中国人と全く同じ行動を日本人もしていた。とにかくどこに行くにも金太郎アメ、団体で動くと言う。それと比較すると感無量だ。一人で何でもチャレンジするのだ。

 平日に仕事は何しているの?何日も休めるの?ポーター付けないで大丈夫?どこから来たの?
 もとよりそんな事を聞こうと言う気持ちはさらさらない。

 さて次の回から、もっともっと哲学的になっていきます。

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